永濱利廣のエコノミックウォッチャー(47)=逆行する企業と家計の景況感
昨年12月調査時点で、日本の企業の動向を映す「日銀短観」の景況感指標と、代表的な家計の景況感指標である「生活意識に関するアンケート調査」が真逆の動きを示している。長期時系列では両者はおおむね正の相関関係があるが、特に2022年度後半以降は業況判断指数が改善を続けてきたのに対し、家計の景況感指数は悪化傾向にある。
このように、近年は企業と家計の景況感が逆相関することで景気判断が困難になっている。背景には、(1)円安が企業の景況感にとってプラスに作用する一方で、家計の景況感にはマイナスに作用する(2)企業の値上げ意欲に対して賃上げ意欲が弱い、などの要因が見えてくる。
企業の経常利益には、海外子会社からの配当や特許権使用料が受取利息などに反映されるため、海外現地法人の稼いだ利益の国内還流が含まれる。財務省の法人企業統計を基に、こうした海外利益の国内還流が含まれない営業利益と、それを含む経常利益を比較すると、経常利益は営業利益を4割程度も上回る水準となっている。
そして、海外利益の国内還流は円安になれば規模が膨張するため、円安はグローバル展開をする法人企業を中心に景況感の追い風になることが分かる。一方で、短期的に見れば、円安は輸入物価の上昇を通じて家計負担の増加に結び付いており、これが企業と家計の景況感のカイ離を生み出している。
大企業の労働分配率は50年以上ぶり低水準
また、国内で生み出された付加価値に占める人件費の割合が労働分配率となるが、こうした労働分配率の低下も企業と家計の景況感の違いを生み出している可能性がある。実際に法人企業統計季報告から労働分配率を計測すると、分配率が高めな中堅・中小企業でも1991年以来の水準、大企業に至っては1970年以来の水準まで下がっている。
こうしたことの理由としては、歴史的なインフレの中で企業が値上げにより付加価値を確保する一方で、人件費には十分に配分していない状況が推察される。従って、企業が価格転嫁ほど賃上げに前向きではなかったことが、景況感のカイ離の一因となってきた。それは、名目賃金の伸びからインフレ率を差し引いた実質賃金が、20カ月連続で前年比マイナスとなっていることからも裏付けられる。
以上の理由から、日銀が調査する企業と、家計の景況感指数には大きなギャップが生じたといえよう。前述の通り、昨年12月調査時点で業況判断指数は改善傾向にあるのに対し、家計の景況感指数は悪化傾向にある。業況が「良い」と答えた企業の割合は「悪い」と答えた企業を13ポイントも上回っているのに対し、家計では1年前と比べて景気が「良くなった」と答えた割合が「悪くなった」と答えた割合よりも49.6ポイントも少ない。
値上げに負けない賃上げに必要な外圧
こうしたギャップを解消するためには、付加価値が拡大する中でも労働分配率が大きく下がらないようにする必要があろう。具体的には、企業経営者にもっと人材流出の危機感を抱かせるように、労働市場流動性を高める必要があるだろう。従来の日本では、新卒一括採用、年功序列賃金、定年制、退職金制度と、同じ会社で長く働くほど恩恵を受けやすい仕組みになってきた。こうした日本的雇用慣行が変わらない限り、労働市場の流動性は高まらないとする向きもある。
しかし近年では、外資系企業の参入などにより部分的に人材の争奪戦が生じており、こうした外圧で賃上げを余儀なくされている地域もある。例えば、TSMC熊本工場に沸く熊本とその近隣の県では、人材争奪戦に伴う賃上げのみならず、この4月から熊本大学で新たに半導体学科が新設されることや、九州中の高専で半導体教育の拡充が進むなど教育改革も起きている。
こうしたことからすれば、政府が実施している賃上げ優遇税制では力不足であり、海外から見劣りする対内直接投資をより積極的に増やすことや、転職者に対して転職した年の所得税を優遇するような思い切った政策をすることで、もっと企業経営者に人材流出の危機感を植え付ける工夫を検討すべきであろう。
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【プロフィル】永濱利廣…第一生命経済研究所・首席エコノミスト/鋭い経済分析を分かりやすく解説することで知られる。主な著書に「経済指標はこう読む」(平凡社新書)、「日本経済の本当の見方・考え方」(PHP研究所)、「中学生でもわかる経済学」(KKベストセラーズ)、「図解90分でわかる!日本で一番やさしい『財政危機』超入門」(東洋経済新報社)など。
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