EUとの自由貿易協定合意なるか(1)―10月15日協議終了カードを切ったジョンソン英首相の賭け

経済

2020/10/1 13:18

 20年1月末、英国はEU(欧州連合)から離脱し、離脱協定に基づき年内いっぱいを移行期間とすることが共同声明に盛り込まれたものの、移行は難航を極めている。

 事の発端となったのは、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT紙)が9月7日付で報じたスクープ記事だった。同紙は、ジョンソン英首相がこれまで7回にわたるFTA(自由貿易協定)の締結に向けた交渉が一向に進展しないことに業を煮やし、

(1)10月15日までに合意しなければ、英国のEU離脱の移行期間が終わる12月末以降、英国とEUはWTO(世界貿易機関)ルールに従って貿易を行う、つまり、ノートレードディール(FTA合意なし)でEUから正式に離脱すると最後通牒を突き付ける

(2)ノートレードディールとなった場合に備え、英政府は19年12月に合意した離脱協定の「北アイルランド・プロトコル(取り決め)」と、共通の土俵を維持するという「LPF(対等な競争環境)」、特に、企業向け国家補助金に関する取り決めを書き直した「国内市場法案」(IMB)を議会に提出する―と報じた。

 ブレグジット協議は目下、離脱後の英国とEUの将来の関係の大枠を示す「政治宣言案」をめぐる協議(FTA締結協議)や、英国領北海の漁業権問題、LPFで難航している。なかでも国家補助金の問題について意見が折り合わず暗礁に乗り上げている。

 ジョンソン首相は8日、FT紙の報道内容の通り、EUに対し10月15日で協議を打ち切ると最後通牒を突き付けた。9日には英政府も国際条約に違反することを承知の上で、離脱協定の一部を修正した国内市場法案を公表したため、EUは10日に声明文を出し、英国に対し、9月末までに同法案を白紙撤回しなければ、FTA協議を打ち切るという、最後通牒を逆に突き付けた。一気にノートレードディール・ブレグジット(FTA合意なしのEU離脱)の可能性が現実味を帯びてきた。

 米英大手信用格付け会社フィッチ・レーティングスの首席エコノミストのブライアン・クールトン氏は「離脱協定の修正・変更は国際法違反論争に発展し、21年1月1日の離脱で英国とEUはWTOルールで合意すると予想。企業は関税と貿易障壁の打撃を受け、経済に甚大な悪影響が及ぶ」(9月9日付英紙デイリー・テレグラフ)とし、21年の英国のGDP(国内総生産)見通しを引き下げた。また、ロンドン大学のトーマス・サンプソン教授(経済学)も「ノートレードディールによる英国の経済損失はGDP換算で3.3兆ポンド(約445兆円)になる」(9月6日付英紙ガーディアン)と予想。米政治コンサルティング大手ユーラシア・グループのエコノミスト、ムジタバ・ラーマン欧州担当役員も「ノーディールの確率を従来の40%から60%に引き上げている」(同)。

 協議の8回目の交渉は9月11日に終了したが、予想通り進展はみられず、保守党のブレグジット欧州調査グループ(ERG)のデービッド・ジョーンズ元EU離脱担当閣外相は同日、FTA協議で合意する確率は20-25%との厳しい見方を示した。

 一方、テレグラフ紙は9月9日付で、「EUはジョンソン首相が離脱協定の一部を書き直す計画を阻止するため、法的対抗措置を講じることを検討している」と報じた。これはEUが移行期間終了後、離脱協定に盛り込まれている双方の紛争処理メカニズムを発動し、英国に対し、金融制裁を加えると脅すことで、国内市場法案が議会で可決されるのを止める戦術だ。

 また、EUは英国とFTA協定を締結できなかった場合、離脱後の英国をEU単一市場へのアクセスが認められているEFTA(欧州自由貿易連合)やEEA(欧州経済領域)のような第三国に登録しないと圧力をかけている。第三国に登録されなければ、英国はゼロから多大な労力と長い時間をかけてEUと自由貿易協議を始めなければならなくなるからだ。

 これを受け、怒り心頭に達したジョンソン首相は9月11日付のテレグラフ紙に寄稿し、「EUは英国が国内市場法案を撤回しなければ、北アイルランド・プロトコルを拡大解釈し、北アイルランドと英国本土を隔てるアイリッシュ海に完全な国境を設けると脅しをかけてきた」と暴露。さらに、「EUは英国本土から北アイルランドに輸出される製品にEUの関税を課すだけでなく、北アイルランドに向かう食品(肉製品)の輸送を止めることもできると脅している」と痛烈に批判した。

 また、ジョンソン首相は同日、保守党議員とテレビ会議を開き、「こうした離脱協定の問題点は英連邦の分裂を招きかねず、危険なものとなる。したがって、一方的に北アイルランド・プロトコルを修正する必要がある」と訴え、国内市場法案への理解と協力を求めている。

(2)に続く

提供:モーニングスター社

関連記事

マーケット情報

▲ページTOPへ