永濱利廣のエコノミックウォッチャー(22)=原油高ショックの不都合な真実

輸送費用などすべてのコストを含めて円換算した原油価格が過去最高値圏に張り付いている。
「入着価格」上昇
国内のエネルギー価格を測る上で重要な原油の「入着価格」が、上昇を続けているのだ。これは、ドル建ての原油価格に為替や運賃、保険料を加味して1キロリットル当たりの円建て価格を算出したもの。高値圏にある背景には、原油価格の指標となるドバイ原油が1バレル=80ドル前後で高止まりしていることがある。加えて、世界的なグリーン化の流れで化石燃料の増産がしにくくなっている要因が大きい。
為替も円建て値を押し上げている。日本人の外貨建て資産の構成比率が高まっていることや、欧米中銀における金融政策の正常化観測から先安感が強まっている。特に、米国ではFRB(米連邦準備制度理事会)のテーパリング(量的金融緩和の縮小)が3月で終了することが既定路線で、その後の利上げのみならずバランスシート縮小の道筋が提示されるとの予想からドルが強い。このため、仮にドバイ原油価格が下がっても、円建て原油価格は高値にとどまる可能性がある。
原油入着価格が上がれば、ガソリンをはじめ軽油や重油などのエネルギー価格も連動する。さらに液化天然ガス(LNG)取引の長期契約の値決め指標にもなっているため、LNGを通じて、電気・ガス料金もさらなる値上がりを余儀なくされる。
強まる家計負担
原油価格の高止まりは、それでなくても新型コロナウイルスへの対応で圧迫されている企業や家計の負担を一層重くする。このままでは、賃上げ優遇税制などによりようやく動き始めた岸田政権がもくろむ経済の好循環に水を差しかねない。
円建てドバイ原油先物価格と、消費者物価指数(CPI)のそれぞれの前年比の関係は、CPIを8カ月遅行させた場合に最も深くなる。そして、この関係に基づけば、円建てドバイ原油先物価格が10%上昇すると、8カ月後のCPI前年比を0.12ポイント程度押し上げると試算される。
そこでこの関係を基に、直近77ドル台後半のドバイ原油先物価格が今後平均70、80、90ドルでそれぞれ推移した場合の平均的家計への負担増加額を試算した。なお、ドル・円の前提は直近の1ドル=115円台後半で横ばいとした。
それによれば、平均70ドル推移に落ち着けば、2022年の家計負担は前年比2.0万円弱となり、23年は小幅負担減となる。しかし、平均80ドルでは負担が2.2万円以上になることに加え、来年も0.3万円程度上乗せになり、トータルで2.5万円以上の負担増となる。そして、平均90ドルに至っては、今年2.5万円弱、来年0.6万円弱の計3.0万円以上の負担増が見込まれる。
スタグフレーションも
原油先物価格の上昇による、国民生活にかかわる多くの製品やサービス価格の上昇は、半年以上ものタイムラグを伴ってボディーブローのように効いてくる。ただでさえコロナ・ショックに伴い家計の収入が減っているだけに、個人消費やそれを当てにした設備投資への影響は決して無視できないものになる。悪い物価の上昇が消費を委縮させ、経済活動そのものを停滞させかねない。そして、原油入着価格の上昇により物価の上昇と経済活動の停滞が共存すれば、スタグフレーションに陥ってしまう。
そもそもスタグフレーションとは、景気の悪化にもかかわらずインフレ率が上昇して経済が停滞する現象を意味する。雇用・所得環境が低迷する中でもインフレが加速すれば、実質的な購買力が減ることに加えて預貯金の価値も下がるため、国民生活の困窮が生じる。
こうしたスタグフレーションは、原油価格の急上昇などの何らかの外的ショックによって生産コストが上昇し、それが販売価格に転嫁される、いわゆるコストプッシュインフレの場合に起こり得る。需要の増加以上に価格が上昇するため取引量が減少し、インフレと経済の停滞が共存するわけだ。
スタグフレーションの時に、国民生活にはどのような影響があったのか。過去の事例を振り返れば、1960年代末~70年代の英国でインフレと失業が同時に深刻になり経済が打撃を受けた。このため、79年に就任したサッチャー首相はサッチャリズムといわれる改革により規制緩和や民営化、競争促進や福祉削減を実行し、英国経済を立て直した。
その後米国でも79年の第2次オイルショックを契機に、スタグフレーションが進行した。これに対して当時のレーガン大統領が、減税や規制緩和を柱とした「レーガノミクス」を断行。金融政策面では当時のボルカーFRB議長による強力な金融引き締め策によってインフレを終息させた。
このように供給面に問題があった過去の英米では、規制緩和などの構造改革で克服した。
しかし、現状の日本は、供給に対して需要が追い付かずGDP(国内総生産)ギャップがマイナスとなっている。消費増税前の19年7~9月期に一時的にGDPギャップはほぼ解消されたが、増税後の同10~12月期には再びマイナスに転じ、直近では27兆円程度の需要不足となっている。コロナ・ショック以降の個人消費の低調さを踏まえれば、インフレと不況が同時に進むスタグフレーションが現在の日本には当てはまるとする向きもあるだろう。
ガソリン減税に活路
しかし、むしろ需要不足の状態にある現在の日本では、過去の英米のような供給面に問題のあるスタグフレーションというよりも、00年代後半の日本に生じたように原油高に伴うコストプッシュの中で、所得の海外流出による実質購買力低下からデフレに陥るリスクの方が高い。従って、政府が取り組むべきは、原油価格上昇に伴うエネルギー価格の負担をいかに抑えるかである。
実は、それには妙案がある。民主党政権時代にできた揮発油税の「トリガー条項」の発動だ。トリガー条項とは、国民生活に大きくかかわるガソリンの平均価格が3カ月連続で1リットル当たり160円を超えた場合、ガソリンの揮発油税上乗せ税率分である1リットル=25.1円、軽油で同17.1円の課税を停止し、課税停止後に3カ月連続でガソリンの平均価格が130円を下回った場合は、課税停止が解除されるというものだ。
トリガー条項の発動に伴い、月額1200億円程度の財源が必要だが、それは既に来年度予算に組み込まれている予備費から回すことが可能ではないか。
幅広く国民生活に影響する原油価格の高止まりの早期解消は、望みにくい状況にある。原油高や円安による輸入インフレが家計の懐を蝕む今、原油高のショックを和らげるべきだ。そうしなければ、再びデフレに戻ってしまいかねない。
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