アナリストの視点:15年内に8割が償還のテーマ型、米国ではリターン8倍達成後の急落局面でも多くの投資家が持ったまま
2022/6/10 9:00
アーク社の純資産残高は設立からわずか7年で全米トップ50入り目前にまで急増
ここ数年は米国でもテーマ型ファンドが相次いで設定され、資金を集めていた。そこで今回は、コロナショック後の米国市場で最も注目を集めた運用会社の一つで、複数のテーマ型ファンドを運用するアーク・インベストメント・マネジメント・エルエルシー(以下、アーク社)についてみてみた。アーク社とは、創業者、かつファンドマネジャーであるキャシー・ウッド氏が2014年に設立した運用会社で、4本のアクティブ運用のETFからスタート。ただし、スタート直後の注目度はそれほど高くなかったこともあり、2016年末時点の純資産残高はいずれ主力となる『アーク・イノベーションETF』が12百万米ドル、同年に設定したパッシブ運用のETFを含めた5本の合計でも65百万米ドル(約76億円)にとどまっていた。人気が爆発したのは2020年以降で、ピーク時の2021年2月末時点では純資産残高の合計が513億米ドルに急増(図表1参照=画像クリックで拡大画像にジャンプ)。3年前との比較では38倍、1年前との比較でも14倍となり、米国の過剰流動性相場を最もうまくとらえることに成功した1社となった。ちなみに、2021年2月末時点のETFを含めた運用会社別純資産残高ランキングでは、アーク社は第54位まで躍進しており、さらに70億米ドル程度を上積みできていれば、設立からわずか7年で全米に700社以上ある運用会社の中でトップ50入りの可能性もあった。
アーク社の純資産残高増に寄与したのが、「破壊的イノベーション」銘柄の急騰と、資金流入の大幅増だ。「破壊的イノベーション」とは、元々は米国のビジネススクールの教授が著書の中で提案した概念とされるが、アーク社の定義では「劇的な生産性の向上をもたらすこと、急激なコスト低下をもたらすこと、イノベーション・プラットフォームであること」の3つの条件を満たす企業とする。『アーク・イノベーションETF』の2021年3月末時点における組入比率上位銘柄は、第1位の『テスラ』のほか、第2位がモバイル決済の『ブロック(旧、スクエア)』、第3位が遠隔医療サービスの『テラドック・ヘルス』、第4位がビデオストリーミングの『ロク』と極めて特徴的で、コロナ禍での巣ごもり需要の拡大や新生活様式への対応などが「破壊的イノベーション」を一気に加速させるとの期待が高まり、過剰流動性相場の中で株価も急騰した。『アーク・イノベーションETF』のトータルリターン(米ドル)は、コロナショックから株価がV字回復した2020年4月には月間で25.0%となり、その後は同月を含めた12カ月中8カ月で10.0%を超えるプラスとなった。そのため、2021年3月末時点の1年トータルリターンは179.7%と、S&P500指数(配当込み)を120%以上上回っており、ブル・ベアファンド、もしくは個別株のパフォーマンスと見誤るほどとなっていた。
抜群のパフォーマンスに加え、投資家自身も巣ごもりし、自由な時間が増える中で、近年の米国では流動性の高いETFが好まれる傾向がある点も人気に拍車をかけたと推測される。『アーク・イノベーションETF』の月次資金流出入額は、2019年まではそれほど目立った資金流入は無かったが、2020年3月に設定来で初めて2億ドルを超える流入超過となると、それ以降は資金流入が目立つようになり、同年12月には設定来で最大となる31億ドルの流入超過にまで急拡大。同月には、アーク社全体でも創業来で最大となる82億ドルの流入超過を記録した(図表2参照=画像クリックで拡大画像にジャンプ)。その後も2021年1月と2月には同水準の資金流入が続き、2021年1月の運用会社別月次純資金流入額ランキングでは、第1位のバンガード、第2位のJPモルガンに次いでアーク社は第3位と、全米トップクラスの資金を集めるに至った。
年初来リターンはワースト2位、複数のETFで共通する銘柄も少なくなく
ただし、直近の運用成績はかなり厳しい。『アーク・イノベーションETF』の年初来トータルリターンは、2022年5月末時点では▲53.4%と、2,500本以上ある米国籍の米国株ファンドの中ではワースト2位で(※)、S&P500指数を40%以上下回った。同月末時点の組入比率上位10銘柄は、年初来騰落率は全銘柄がマイナスで、最も下落率が低かった『テスラ』でも3割弱、『コインベース・グローバル』を含めた4銘柄では6割を超えるマイナスとなった(図表3参照=画像クリックで拡大画像にジャンプ)。また、終値ベースの最高値との比較では10銘柄中9銘柄が6割超のマイナスとなっており、『テラドック・ヘルス』、『ズーム・ビデオ・コミュニケーションズ』、『イグザクト・サイエンシズ』の3銘柄はコロナショック直後の2020年3月末の株価も大きく下回りはじめた。業績面からも10社中5社は最終損益が赤字で、金利上昇・量的緩和の縮小局面では株価の下支え要因に乏しい。現状は「『テスラ』頼み」になりつつあるようにみえるのは気がかりだ。(※)米国籍オープンエンドファンド(ETF含む)で「米国株」に属するファンドのオールデストシェアクラスを対象に集計
また、アーク社ではETFごとに投資テーマは異なっても、組入銘柄が被ることも少なくない。例えば、2022年5月末時点の純資産残高では『アーク・イノベーションETF』に次ぐ規模の『アーク・ゲノミック・レボリューションETF』は、主要投資対象はバイオ関連株だが、組入比率の合計では約5割、銘柄数では47銘柄中17銘柄が『アーク・イノベーションETF』と共通する。純資産残高が第3位の『アーク・ネクスト・ジェネレーション・インターネットETF』では比率では8割弱、36銘柄中19銘柄が共通だ。これら3本のETFの全てに組入れられている『テラドック・ヘルス』は、時価総額が50億米ドル程度、米モーニングスターの基準では小型株に分類されており、ETFから短期間にまとまった資金流出があった際には流動性の懸念もある。
累積リターンではアクティブとしての優位性をほぼ失う、テーマ型の増加は強気相場特有の現象
一方で、運用成績の悪化を受けても、投資家はまだ本格的には資金を引き上げてはいない。例えば、『アーク・イノベーションETF』は設定来の累積リターンがピーク時の2021年1月には一時8倍を超え、S&P500指数(配当込み)を3倍以上上回っていたが、31億米ドルの資金流入のピークもほぼ同時期で、その後は運用成績が急速に悪化したものの、一方的な流出とはならず、2022年4月までの12カ月の合計では15億米ドルの流出超過にとどまった。アーク社全体でも直近12カ月の合計では87億米ドルの流出超過だが、ピーク時の月間の流入超過額とほぼ同水準だ。つまり、ピーク時に1カ月で集めた資金が1年かけて流出したにすぎず、今のところ運用成績の回復を信じている投資家も少なくないようだ。
ただし、『アーク・イノベーションETF』の設定来の累積リターンは、2022年5月にはS&P500指数に接近し、アクティブファンドとしての運用成績の優位性はほぼ失っている(図表4参照=画像クリックで拡大画像にジャンプ)。今後は、『テスラ』の株価動向、複数のETFで保有する中小型株の業績などに大きく左右されるが、単純にS&P500指数に並んだのだから調整完了と楽観はできないだろう。ITバブルから22年、金融危機から14年が経ち、下げ相場の経験が乏しい投資家も増える中、本格的な下げ局面ではここまでは下げないだろうといった目途をいとも簡単に割り込んでくる場合があるが、そうした状況になれば狼狽した売りがさらに売りを呼ぶという展開となる可能性も否定できないためだ。
今回とりあげたアーク社のほか、ファースト・トラスト、グローバルXなどを中心に、米国でもコロナショック以降にはテーマ型の設定が相次ぎ、米モーニングスターの調査では2021年にはITバブル期の2000年、リーマンショック直前の2007年、直近では2019年のいずれと比較しても倍以上のファンドが設定された。「テーマ型ファンドの増加は強気相場特有の現象」とし、過去の運用実績では、テーマ型は15年以内に8割が償還され、残りの2割のうち、最終的にグローバル指数をアウトパフォームできたのは半分(全体の1割)に過ぎないと、警鐘を鳴らしている。
フィンテック、AI、自動運転などは短期のテーマではないとする見方もあるかもしれないが、仮にそうだとしてもどれだけ現実的に企業の利益に結び付くのか、それが株価の上昇や投信のリターンとして投資家がどの程度享受できるか、とは別の次元の話だ。また、たまたまタイミングよく投資ができたとしても、数倍にリターンを積み上げた後の下落局面でも持ち続け投資家が多かったように、売り時を見極めるのは極めて難しいという点では米国の投資家も異ならない。これ以上価格が下がる、もしくは回復することがあればその時には売ると考える投資家もいるかもしれないが、自らが売りたくなるような価格や状況でも逆に買う投資家がどれだけいるのか、そうした需要がある商品なのか、まで考慮されているだろうか。
(吉田 誠)
(写真:123RF)
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