永濱利廣のエコノミックウォッチャー(38)=エルニーニョが経済・金融市場に及ぼす影響

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2023/6/3 9:00

 世界的に異常気象を招く恐れのあるエルニーニョ現象がこの夏4年ぶりに発生する可能性が高まっている。気象庁では夏に発生する可能性が高いと予想している。

冷夏で景気も曇る?農産物高騰で値上げラッシュ拍車も

 エルニーニョとは、南米沖から日付変更線付近にかけての太平洋赤道海域で、海面水温が平年より1~5度高くなる状況が、1年~1年半続く現象である。エルニーニョ現象が発生すると、地球全体の大気の流れが変わり、世界的に異常気象になる傾向がある。

 最も被害が拡大したのは1993年夏から冬にかけてだ。日本では39年ぶりの冷夏となり、大雨や日照不足もあって稲作を中心に農作物に被害が出た。気象庁の過去の事例からの分析では、エルニーニョの日本への影響として、気温は西日本を中心に平年より低い地域が目立つことや、降水量は平年より多い地域が多く、西日本の日本海側や東日本の太平洋側で顕著となること、さらには、梅雨明けは沖縄を除き遅くなる傾向がある、ということなどが指摘されている。

 わが国の景気局面の関係を見るべく、過去のエルニーニョ現象発生時期との関係を図にまとめてみた。90年代以降で景気後退期だった割合は全体の27.1%にすぎない。しかし驚くべきことに、エルニーニョ発生期間に限ればその比率は44.4%と通常の1.6倍の割合に跳ね上がっている。

 特に90年代以降でみると、91~92年と93年のエルニーニョ現象は、91年3月~93年10月まで続いた景気後退局面に含まれる。また、97~98年のエルニーニョは、ほとんどの月が97年6月~99年1月まで続いた景気後退期に入る。2010年代も、12年夏以降のエルニーニョは同年春以降の景気後退、18年秋以降の同現象も同年冬以降の景気後退とそれぞれ重なっている。

 潜在成長率が4%程度あったとされる80年代までなら、気象要因が景気の転換点に大きな影響をもたらすことは想定しにくかった。しかし、90年代以降になると、バブル崩壊により潜在成長率が2%程度、近年では1%以下に下方屈折していると言われ、異常気象が重大な変化が及ぶことも十分に考えられる。

 実際、93年は、景気動向指数の一致DIが改善したことを根拠に、政府は93年6月に景気底入れを宣言したが、円高やエルニーニョ現象が引き起こした長雨・冷夏により、その後に宣言を取り下げざるを得なくなったという経緯がある。93年と言えば、日本は全国的に記録的な冷夏に見舞われ、特に東京の平均気温は平年を2.6度も下回った。

 以上の事実を勘案すれば、仮にエルニーニョ現象により夏場の天候が不順となれば、今回も日本経済に悪影響が及ぶことは否定できない。

個人消費に悪影響

 エルニーニョによる長雨や冷夏といった天候不順は、具体的に日本経済にどの程度のインパクトをもたらすのだろうか。そこで以下では、近年で最も日照不足の悪影響が大きかった93年と03年7~9月の前年比の平均値を基に、品目別に影響を確認してみよう。

 総務省「家計調査」では、消費支出全体で前年比マイナスとなっている。特に足を引っ張っているのは、季節性の高い「被服及び履物」、交際費などが含まれる「諸雑費」、夏の行楽などを含む「教養娯楽」、ビールや清涼飲料の売上を示す「食料」、冷房の需要が減る「光熱・水道」だ。

 従って、エルニーニョによる天候不順は、外出の抑制を通じて教養娯楽や諸雑費といった支出に悪影響を及ぼす可能性がある。また、夏物衣料の売れ行きに左右される被服及び履物や冷房器具の利用に関連した光熱・水道費、ビールや清涼飲料の消費を反映する食料といった品目に関する支出を押し下げると言えよう。

 なお、93年の景気回復初期においては、年前半の経済指標が改善したことなどを根拠に、株価は3月以降堅調に推移していたが、円高や冷夏に伴う経済指標の悪化が確認され始めたことを一因に、6~7月と9月以降の相場は軟化している。

 冷夏による日照不足は、農作物の生育を阻害して冷害ももたらす。実際、93年は農作物に甚大な被害が発生し、とりわけ米の作況指数は全国平均で74(平年作=100)と戦後最低を記録した。この結果、93年度の農業所得は前年度比マイナス9.7%と大きく減少し、農業の実質国内総生産は前年比マイナス11.0%と2ケタ減を余儀なくされている。

 また、日照不足による不作で野菜や果物の卸売価格が高騰することも、景気に悪影響を及ぼしかねない。特に足元の個人消費に関しては、生活必需品の値上げが家計を圧迫している。こうした状況で、生活必需的な食品価格さらなる高騰は家計をさらに苦しめる要因となる。また、食品を販売する小売業などの投入価格の上昇を通じ、企業収益にも響いてくる。

 今後の冷夏の影響を見通す上では、夏物商品消費の不振に加えて、農作物の不作を通じた影響が秋口以降にボディーブローのように効いてくることには注意が必要だ。

30年ぶり賃上げ好循環の出鼻くじく恐れ

 また、異常気象は世界的な現象であることからすれば、海外にも影響が及ぶことで貿易面、特に穀物価格高騰を通じた悪影響も考えられる。事実、10~11年の小麦価格高騰は09~10年にかけてのエルニーニョに伴う干ばつにより小麦の収穫が激減したことが背景にある。こうした穀物高騰は、食料品価格の上昇を通じて経済に打撃となる。

 なお、これまでの歴史を見ても分かるように、エルニーニョが発生したからといって必ず冷夏になるとは限らない。ただ、今後の世界の気象次第では、足元で好循環の兆しが出てきている日本経済に思わぬダメージをもたらす可能性も否定できない。

 特に、足元の個人消費に関しては、30年ぶりの賃上げやコロナウイルスからの経済正常化などにより、夏場にかけて回復するとみられている。しかし、今後の動向を見通す上では、エルニーニョによる天候不順といったリスク要因が潜んでいることには注意が必要であろう。

【プロフィル】永濱利廣…第一生命経済研究所・首席エコノミスト/鋭い経済分析を分かりやすく解説することで知られる。主な著書に「経済指標はこう読む」(平凡社新書)、「日本経済の本当の見方・考え方」(PHP研究所)、「中学生でもわかる経済学」(KKベストセラーズ)、「図解90分でわかる!日本で一番やさしい『財政危機』超入門」(東洋経済新報社)など。

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