永濱利廣のエコノミックウォッチャー(46)=手放しでは喜べない日本の株高
東京株式市場では1月に、日経平均株価が約34年ぶりに3万6000円を突破した。しかし、これには手放しでは喜べない側面もある。というのも、足元の株高は物価高を反映した実質賃金の悪化を示すデータが公表されたことも一因になっているとみられるからである。
春先にかけ調整も
厚生労働省が1月10日に発表した2023年11月分の毎月勤労統計(速報)で、1人当たり名目賃金は前年同月比0.2%増(23日発表の確報は0.7%増)と伸びが大きく減速(前月は1.5%増)し、実質賃金は3.0%減(確報は2.5%減)となりマイナス幅が急拡大(前月は2.3%減)した。内訳を見ると、パートタイムではない一般労働者の特別給与の減少が押し下げに大きく効いていることが分かる。
背景には、23年春闘の賃上げ率が30年ぶりの高水準となって、定期給与は上昇したが、その負担が増えた企業はボーナスなどの特別給与を減らすことで人件費総額を抑制していることがある。年明けに能登半島地震が起き、日銀がマイナス金利を早期に解除するとの見方は既に後退気味だったところに賃金データでその観測が一段と後退し、利上げや円高で企業収益が低下することへの警戒感も薄れて株価上昇に結び付いた可能性がある。
また、日本の最大の貿易相手国である中国では、不動産バブル崩壊や米国を中心としたサプライチェーンからの中国排除の動きなどによって、投資資金が海外に流出している。その資金の受け皿の一つとなっているのが日本であることも、日本株の下支え要因となっているようだ。加えて、米国についても、市場はFRB(米連邦準備制度理事会)の24年中の利下げ回数を楽観的にみている感がある。
ただ、日銀は過去の賃金よりも今後の賃金動向を重視している。仮に24年春闘が前年よりも良い結果になれば、3月以降の金融政策決定会合でマイナス金利を解除する可能性があるだろう。また市場では、FRBが早ければ5月から利下げに踏み切ると予想しているが、仮に5月に近づくにつれて市場の見立てよりも利下げのタイミングが遅れる蓋然(がいぜん)性が高まれば、米国株にはネガティブな材料となるだろう。
つまり、現在日本株を押し上げている複数の要素は今後はく落する可能性がある。そのため、春先にかけて値下がりの調整局面が想定されることには注意が必要だろう。
日銀はマイナス金利解除前向き
日銀は1月22、23日に開いた会合で、事前の市場予想通り政策変更を見送った。しかし、同時に公表した展望レポートや、会合後の植田総裁の記者会見は、短期金利をマイナス0.1%とするマイナス金利政策の解除が近づいていることを市場に織り込ませるような内容と言える。
まず、展望レポートでは、25年度までの見通し期間の終盤にかけて、基調的なインフレ率が2%に向けて徐々に高まっていくとの記述に「こうした見通しが実現する確度は引き続き、少しずつ高まっている」の一文が新たに加わった。これは、物価安定目標の実現に向けて徐々に前進していると日銀が評価していることを意味する。
また、植田総裁は政策判断に当たって重視する今春闘の賃上げについて、次回3月の決定会合までに「ある程度の情報が得られる」と語った。23年12月の会見では、総裁自身の「チャレンジング」発言を機に市場で高まったマイナス金利解除の観測を鎮静化させる姿勢を示していたが、今回の発言はスタンスが明らかに異なる。
こうした中、能登半島地震や23年11月分の実質賃金悪化などによって遠のいていた3月会合でのマイナス金利解除観測が、市場で再び高まりつつある。マーケットは一連の流れを素直に受け入れ、市場は金利上昇・円高・株安で反応している。
実際には、次々回の4月会合でマイナス金利が解除される見通しが一段と強まったと考えられる。というのも、3月18、19日の次回会合は決算期末の直前に当たり、市場変動が企業の財務に影響するのを避けたい事情もあると思われるためだ。とはいえ、今回の日銀の金融政策正常化への前向きな姿勢を加味すれば、春闘集中回答日直後の3月会合で解除を決める可能性も警戒すべきだろう。
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【プロフィル】永濱利廣…第一生命経済研究所・首席エコノミスト/鋭い経済分析を分かりやすく解説することで知られる。主な著書に「経済指標はこう読む」(平凡社新書)、「日本経済の本当の見方・考え方」(PHP研究所)、「中学生でもわかる経済学」(KKベストセラーズ)、「図解90分でわかる!日本で一番やさしい『財政危機』超入門」(東洋経済新報社)など。
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