永濱利廣のエコノミックウォッチャー(34)=日銀の金融政策修正解説

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2023/2/3 9:30

 昨年12月20日、市場が全く予想していなかったタイミングで、日銀がイールドカーブコントロール(=YCC、長短金利操作))の修正に踏み切った。具体的には、政策金利をマイナス0.1%、10年国債の利回りを0%程度で据え置くという大枠自体の変更はなかったが、毎月の国債購入量を7.3兆円から9兆円に増やす一方で、10年国債利回りの変動幅をこれまでのプラスマイナス0.25%から同0.5%へ拡大した。

景気への悪影響は不可避

 そもそも10年国債利回りは、海外の長期金利が上昇する中で上昇圧力が掛かっていたが、日銀がそれを無理やり無制限の指し値オペで0.25%以上に上がらないように抑え込んでいた。このため、変動幅を広げるということは、長期金利の上昇を容認することを意味し、事実上の利上げと評価されても仕方ない。実際に、市場の長期金利も反応し、10年国債利回りは一気に0.5%を上回る水準まで上昇した。

 ただ、こうした金利の上昇は景気を冷やす可能性がある。それでもこの時期に日銀が修正を決めたのは、次のような理由があると黒田総裁は説明している。まず、資源高による「コストプッシュ型」とはいえ、足元では消費者物価指数が3%台後半を付け、名目金利からインフレ率を除いた実質金利が大幅に下がっているため、名目の長期金利が上がっても金融は緩和状態にあるというものである。

 また、債券市場からの要望もあったことが推察される。というのも、日銀が10年国債の利回りを押さえ込んだことで、元来満期までの期間が長くなるほど利回りが高くなるイールドカーブにゆがみが生じ、金融機関は正常な債券の売買を行うことができなくなっていたからである。

 さらに、うがった見方をすれば、この春予定されている日銀総裁の交代も意識したのかもしれない。金融政策の制約が強い状況のまま次期日銀総裁にバトンタッチすれば、新しい新執行部における金融政策の自由度を縛る可能性があったからである。

 ただ、長期金利が上がったことで、固定型の住宅ローン金利や設備投資資金の借入金利の上昇につながることは不可避となった。こうした動きは、住宅投資や企業活動の抑制を通じて景気の下押し要因となる。また、米国との金利差縮小で円高が進み、輸出企業に打撃を与える可能性もある。こうしたパスを通じて、日銀の政策修正がGDP(国内総生産)に悪影響を与えることは避けられないだろう。

現状維持とは言いにくいオペ拡充

 こうした中、年明け最初の会合で注目されたのが、日銀政策委員の経済・物価見通しが公表される「展望レート」だ。特に、物価見通しが上方修正されるとの観測が事前にあったが、ふたを開けてみると、生鮮食品除く消費者物価の見通しは昨年10月時点での見通しから小幅な引き上げにとどまった。

 恐らくこの見通しは、依然として日本経済は物価が安定的・持続的に目標の2%に達するとは日銀が考えていないことを市場に周知することで、YCCをそう簡単に解除しないことを伝える意図と思われる。

 また、今回はそれ以上に強力なアナウンスがあった。それが「共通担保資金供給オペ」の拡充である。これは、日銀が金融機関に国債利回りよりも低い金利でお金を貸すことであり、これまで貸付期間を2年としていたのを10年以内に拡充した。そして、実際に5年の貸し付けを1月24日に実行した。

 金融機関が日銀から5年国債利回りよりも低い金利で借りたお金で5年国債を満期まで保有すれば、ほぼ確実に利益を出すことが可能になる。このため、日銀の貸付金利に国債利回りが下がるまで5年債が買われることになり、日銀が直接国債を買わなくても民間金融機関が代わりに買うことでイールドカーブは実際に下がった。

 こうしたオペ自体は目新しいものではないが、5年超という長期間で日銀が資金を貸し出すのは異例である。そして、日銀が貸し出すお金を基に民間金融機関自身で国債購入を判断するため、市場機能もある程度保たれる。

 以上から、このところの日銀の行動は、年末の金融政策修正により市場で過度に出口の期待が高まってしまったことを反省し、何としてもイールドカーブのゆがみを修正したかったとの意図が透けて見えてくる。

【プロフィル】永濱利廣…第一生命経済研究所・首席エコノミスト/鋭い経済分析を分かりやすく解説することで知られる。主な著書に「経済指標はこう読む」(平凡社新書)、「日本経済の本当の見方・考え方」(PHP研究所)、「中学生でもわかる経済学」(KKベストセラーズ)、「図解90分でわかる!日本で一番やさしい『財政危機』超入門」(東洋経済新報社)など。

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